
復職支援は「復職率」だけで評価できない
――コスト・休業日数・生産性を並べて考える
はじめに
復職支援プログラムの成果を評価するとき、私たちは何を見ればよいのでしょうか。
復職できた人の割合、休業日数、医療費、支援に必要な人員、復職後の就労継続など、評価できる指標は複数あります。
しかし、復職率だけを見て「効果があった」と判断したり、費用だけを見て「非効率だった」と判断したりすると、支援の実態を見誤る可能性があります。
今回取り上げる研究は、インドネシアの労働災害後のReturn to Work(RTW)プログラムについて、健康・経済・生産性に関する複数の指標を並べて評価したものです。
この研究はAIやデジタル技術そのものを評価した研究ではありません。一方で、医療・リハビリテーション・産業保健の現場で、新しいプログラムやデジタルツールを導入するときに、どのような評価指標を設定するべきかを考える材料になります。
主役となる研究
研究タイトルは、次のとおりです。
Cost-Consequence Analysis of the Return to Work (RTW) Program for Workers with Disabilities in Indonesia: Health, Economic and Productivity Outcomes.
研究では、インドネシアの社会保障機関が保有する2015年から2022年までの労働災害請求データが後ろ向きに分析されました。
対象となったのは、労働災害によって障害が生じた18~65歳の労働者です。RTWプログラムを利用した1,353件と、通常の治療を受けた10,602件が比較されています。
RTWプログラムには、医療、職業リハビリテーション、心理社会的支援、義肢・装具、職場環境の調整、ケースマネジャーによる関係者間の調整などが含まれていました。
一方、通常ケア群では、必要に応じた治療や医学的リハビリテーションは提供されるものの、職業リハビリテーション、職場調整、心理社会的支援、体系的な復職計画は含まれていませんでした。
研究が評価した4つの指標
この研究では、Cost-Consequence Analysis、すなわち費用結果分析が採用されています。
費用結果分析では、複数の費用と成果を一つの数値にまとめず、項目ごとに分けて提示します。
主な評価指標は、次の4つでした。
・職場復帰率
・Lost Time Injury Days(労働災害による休業日数)
・直接医療費
・休業に伴う生産性損失
この方法の特徴は、「どちらが総合的に優れているか」を研究者が一つの指標で決めるのではなく、意思決定者が複数の結果を見ながら判断できる点にあります。
復職率は高いが、費用と休業日数も大きかった
RTWプログラム群の職場復帰率は84.0%で、通常ケア群の20.3%より高い値でした。
一方、RTWプログラム群では、平均直接医療費が822.50米ドル、通常ケア群では262.25米ドルでした。
休業日数もRTWプログラム群が平均350.3日、通常ケア群が214.1日と、RTWプログラム群の方が長くなっています。
推計された生産性損失も、RTWプログラム群が46,239.60米ドル、通常ケア群が28,261.20米ドルと報告されました。
この結果だけを見ると、次の二つの解釈が同時に成立してしまいます。
「RTWプログラム群は高い費用を要し、休業期間も長かった」
「RTWプログラム群は、より高い割合で職場復帰していた」
ここで重要なのは、どちらか一方だけを選んで結論を出さないことです。
なぜ単純な群間比較ができないのか
この研究は、無作為化比較試験ではなく、診療・請求データを用いた後ろ向き観察研究です。
RTWプログラムには、より重い障害や複雑な支援ニーズを持つ労働者が選ばれていた可能性があります。実際に研究者も、RTWプログラム群の高い費用と長い休業日数には、症例の複雑さが影響している可能性を指摘しています。
そのため、今回の結果から、
「RTWプログラムが医療費を増加させた」
「RTWプログラムが休業期間を長くした」
「RTWプログラムによって復職率が上昇した」
と因果関係を確定することはできません。
障害の重症度、介入前の健康状態、本人の復職意欲、雇用主の協力、職場環境など、データで十分に調整されていない要因が結果へ影響している可能性があります。
復職率84.0%という数値は注目に値しますが、この数値だけでプログラムの効果を断定することは避ける必要があります。
この研究から学べる評価設計
この研究の実務的な価値は、特定のプログラムが優れていると証明したことよりも、復職支援を複数の側面から評価した点にあります。
医療・介護・産業保健の現場で新しい取り組みを評価するときは、少なくとも次の視点を分けて考える必要があります。
1.誰を対象としたのか
重症者と軽症者を同じ集団として比較すると、結果の意味が変わります。対象者の障害像、職種、仕事内容、支援ニーズを確認する必要があります。
2.何を成果と定義したのか
単に職場へ戻ったかだけでなく、元の職務へ戻れたのか、業務調整が必要だったのか、復職後も就労を継続できたのかを区別する必要があります。
3.誰の立場から費用を見ているのか
保険者、医療機関、雇用主、労働者本人、家族、社会全体では、負担する費用と得られる利益が異なります。
今回の研究は主に保険者の視点から分析されており、本人や家族が負担した費用、生活の質、雇用主側の調整負担などを完全には捉えていません。
4.短期成果と長期成果を分けているか
請求終了時点で復職していても、その後に離職や再休業が発生する可能性があります。復職の有無だけでなく、一定期間後の就労継続を評価することが重要です。
AI・デジタル活用の評価へどうつなげるか
ここからは、この研究結果そのものではなく、評価方法から得られる実務的な示唆です。
医療現場へAIやデジタルツールを導入するときも、「作業時間が短縮された」「利用率が高かった」という単独の指標だけでは、導入の価値を十分に判断できません。
例えば、次の指標を分けて確認する必要があります。
・安全性や見落としの発生状況
・職員の作業時間と確認負担
・患者や利用者への影響
・導入費用と維持費用
・職種や部署による利用格差
・導入後の継続率
・最終的な業務成果や医療サービスへの影響
ただし、今回のRTW研究はAI・デジタル技術を直接検証していません。
したがって、「この研究によってAI導入の有効性が示された」と解釈することはできません。応用できるのは、あくまで複数の費用と成果を分けて提示するという評価設計の考え方です。
関連候補による補助的な理解
関連候補には、白内障手術における麻酔診療モデルと転帰の関連を調べた集団ベース研究、低リスク患者を救急部門から時間外プライマリケアへ振り分ける取り組みの経済評価、非侵襲的換気マスクによる圧迫損傷を多職種で減らす実践、腸管皮膚瘻に対する多面的な管理を扱ったレビューが含まれていました。
対象疾患や研究デザインは異なりますが、共通しているのは、医療の成果が単独の技術だけではなく、診療体制、対象者の選定、多職種連携、実装方法、費用などの影響を受けるという点です。
これらの関連候補は、RTWプログラムの効果を直接補強する根拠ではありません。あくまで、医療サービスや新しい取り組みを評価するときには、介入内容と評価指標を明確に分ける必要があることを理解するための補助情報です。
注意点と研究の限界
今回の研究を読む際には、次の点に注意が必要です。
・後ろ向き観察研究であり、因果関係は確定できない
・RTWプログラム群と通常ケア群で、障害の重症度や支援ニーズが異なる可能性がある
・請求データでは、本人の心理状態、職場の協力、生活の質などを十分に把握できない
・請求終了後の就労継続や長期的な健康状態は評価されていない
・インドネシアの社会保障・雇用制度を前提とした結果であり、日本の制度へそのまま一般化できない
・原著本文の一部には、休業日数の数値と説明文の整合を慎重に確認する必要がある記述がある
研究者は、今後、傾向スコアマッチングや操作変数法などを用いて選択バイアスを減らすこと、長期的な就労継続を追跡すること、集中的な支援が適する対象者を検討することが必要だとしています。
まとめ
この研究から学べるのは、「復職率が高ければ成功」「費用が高ければ失敗」という単純な評価では、復職支援の価値を判断できないということです。
より複雑な支援を必要とする人に、多くの医療・リハビリテーション資源を投入すれば、費用や休業日数が大きくなる可能性があります。その一方で、通常の治療だけでは復職が難しかった人が職場へ戻れる可能性もあります。
重要なのは、評価指標を一つに絞らず、対象者の違い、費用、機能、復職、就労継続、安全性を分けて確認することです。
この考え方は、復職支援に限らず、医療・介護現場における新しいサービスやAI・デジタルツールの導入評価にも応用できます。
ただし、本研究はインドネシアの請求データを用いた一つの観察研究です。個々の労働者に対する復職可否、治療内容、支援方法を決定する根拠として単独で使用するものではありません。実際の判断には、本人の状態、希望、職務内容、職場環境、医療職・産業保健職・雇用主などによる個別評価が必要です。
主な根拠
主役として扱った研究:
Kurnianto AA, et al. Cost-Consequence Analysis of the Return to Work (RTW) Program for Workers with Disabilities in Indonesia: Health, Economic and Productivity Outcomes. Journal of Occupational Rehabilitation. 2026.
DOI:10.1007/s10926-026-10396-6
関連候補の位置づけ:
診療体制、経済評価、多職種連携、実装方法を多面的に評価する必要性を理解するための補助情報として使用しました。関連候補からRTWプログラムの効果や因果関係を追加していません。

