救急現場の終末期ケアは、危機の後に何を残せたか――南アフリカの医師93人調査から考える

臨床・専門記事

救急現場の終末期ケアは、危機の後に何を残せたか
――南アフリカの医師93人調査から考える

救急部門では、限られた時間のなかで患者の状態を評価し、治療方針を検討し、患者・家族と対話しなければならない場面があります。

終末期に関わる状況では、医学的な見通しだけでなく、患者の価値観、意思決定能力、家族との情報共有、施設の方針、利用可能な資源など、複数の要素が重なります。

COVID-19の流行は、この難しさをさらに強くした可能性があります。

今回取り上げる研究は、南アフリカ・ヨハネスブルグの公立救急部門で働く医師を対象に、COVID-19前・流行中・流行後の終末期ケアに関する知識、態度、実践の変化を調べたものです。

この研究から考えたいのは、「非常時に変わった実践のうち、何を平時の仕組みとして残せたのか」という問いです。

選択候補となった研究

主な根拠として扱うのは、2026年にAfrican Journal of Emergency Medicineで報告された次の研究です。

Edem AO, Hindle L, du Plessis J, Jacobs K.
The impact of COVID-19 on the knowledge, attitudes and practices of end-of-life care and decision making amongst doctors in South African Emergency Departments.

研究者らは、ヨハネスブルグにある公立救急部門5施設の医師を対象として、2024年7月から2025年1月に横断調査を実施しました。

回答者は93人で、救急部門での経験年数の中央値は5年でした。自己記入式質問票を用いて、COVID-19前、流行中、流行後という3つの時期について、終末期ケアの知識、態度、実践を尋ねています。

正式な研修経験と知識得点の間にあった差

回答者のうち、終末期ケアに関する正式な研修を受けたと回答した医師は11.8%でした。

一方、知識得点の中央値は10点満点中9点で、四分位範囲も9~10点でした。

ここで注意したいのは、「研修経験が少なくても高得点だったから、研修は必要ない」とは解釈できないことです。

この結果から直接分かるのは、質問票で測定された知識得点が高かったことと、正式な研修経験を申告した人が少なかったことです。

高得点の背景が、臨床経験、自己学習、COVID-19流行中の実践経験、質問項目の難易度、回答者の偏りのどれによるものかは、この結果だけでは断定できません。

また、知識問題に正答できることと、時間的制約のある現場で患者・家族と対話し、多職種間で情報を共有し、判断過程を適切に記録できることは同じではありません。

「知っているか」だけでなく、「チームとして実行できるか」を別に評価する必要があると考えられます。

COVID-19流行中に報告された実践の変化

調査では、生命維持治療を開始しない、または中止するという実践が、COVID-19流行中に増え、流行後には減少したと回答されていました。

ただし、この増減だけから、医療の質が改善した、あるいは悪化したと評価することはできません。

終末期の意思決定には、患者本人の意思、医学的な見通し、治療の負担、家族との協議、施設方針、法制度、医療資源などが関係します。実施件数だけでは、判断の妥当性や患者中心性を評価できないためです。

一方、研究の抄録では、コミュニケーションと症状マネジメントに関する改善は、COVID-19流行後も一定程度維持されたと報告されています。

これも患者アウトカムを直接測定した結果ではなく、医師の回答に基づくものです。それでも、危機対応のなかで整えられた対話や症状対応の一部が、平時にも残った可能性を考える材料にはなります。

関連情報による補足

ここからは、選択候補そのものではなく、背景理解のための補助情報です。

WHOは、緩和ケアを終末期だけに限定せず、生命を脅かす疾患に伴う身体的・心理的・社会的・スピリチュアルな苦痛を予防・軽減する、人を中心とした多職種の取り組みとして整理しています。

そのため、「緩和ケア」と「終末期ケア」は重なる部分がありますが、同じ意味ではありません。今回の選択候補が直接扱ったのは、救急部門における終末期ケアと意思決定です。

また、2024年に南アフリカのクワズール・ナタール州で救急部門の医師39人を調べた別の横断研究では、緩和ケアの知識が良好と判定された人は15.3%、中程度は53.8%、不十分は30.7%でした。態度は58.8%が肯定的、41.0%が不確実とされ、知識得点と態度得点には明確な相関が確認されませんでした。

対象地域、質問票、調査時期が異なるため、今回の主研究と数値を直接比較することはできません。ただし、「知識」「態度」「実践」を一つの能力として扱わず、それぞれを分けて評価する必要性を考える補助材料にはなります。

現場で考えたい5つの問い

1.高い知識得点を、実践能力とみなしていないか

知識確認だけでは、患者・家族との対話、価値観の把握、記録、多職種への引き継ぎまで評価できません。

研修を設計するときは、知識問題に加えて、模擬事例を用いた対話や情報共有の確認も検討できます。

2.非常時だけ機能した手順はないか

COVID-19流行中に明確化された相談経路、記録様式、家族への連絡方法などが、流行後に使われなくなっていないかを振り返る視点です。

非常時の対応をすべて残すのではなく、患者中心の意思決定に役立った部分を選別する必要があります。

3.誰の視点が調査から抜けているか

主研究の回答者は医師です。

患者、家族、看護師、リハビリテーション職、薬剤師、医療ソーシャルワーカーなどが、意思決定や症状対応をどのように経験したかは、この調査だけでは分かりません。

医師の認識だけでケア全体を評価しないことが重要です。

4.「決めたこと」だけでなく「決める過程」を確認しているか

終末期ケアでは、最終的な方針だけでなく、どの情報を共有し、患者の価値観をどう確認し、誰と協議したかという過程も重要です。

ただし、具体的な判断方法は、各国の法制度、専門職の権限、施設規程によって異なります。南アフリカの調査結果を、日本の現場へそのまま適用することはできません。

5.危機の経験を学習可能な形で残しているか

個人の経験談だけにすると、担当者の異動や退職とともに知識が失われる可能性があります。

匿名化した架空事例を使い、対話、記録、相談、引き継ぎのどこで迷ったかをチームで検討すれば、経験を仕組みへ変える入口になります。

実際の症例を振り返る場合は、患者氏名、患者ID、生年月日、詳細な日付、施設を特定できる情報などを資料へ記載しないことが前提です。

明日からできる小さな実践

まずは15分程度のチームレビューから始められます。

1.個人を特定できない架空の終末期事例を一つ用意する
2.患者の価値観を誰が、いつ確認するかを整理する
3.相談先、記録場所、引き継ぎ方法を確認する
4.症状対応と家族への説明が途切れる箇所を探す
5.改善項目を一つだけ決め、後日再確認する

目的は、個別の治療方針を一律化することではありません。

時間的制約がある状況でも、必要な対話と情報共有が抜け落ちにくい環境を整えることです。

注意点と研究の限界

今回の主研究は、5つの公立救急部門に勤務する医師93人を対象とした横断的な自己記入式調査です。

COVID-19前・流行中・流行後の認識を一時点で振り返って回答しているため、記憶の影響を受ける可能性があります。また、回答した医師に偏りがある可能性も否定できません。

患者の症状、満足度、意思との一致、家族の経験、死亡後のアウトカムなどを直接比較した研究ではありません。そのため、COVID-19が終末期の意思決定を変化させたという因果関係や、特定の実践が患者・家族に利益をもたらしたことは、この研究だけでは確定できません。

南アフリカの特定地域で得られた結果であり、医療資源、文化、法制度、施設体制が異なる日本へ数値をそのまま一般化することもできません。

本稿は自己研鑽を目的とした研究紹介であり、個別患者の診断、治療、生命維持治療の開始・不開始・中止に関する判断を示すものではありません。実際の判断では、患者本人の意思、臨床状況、関係法令、専門職の役割、施設規程を確認し、必要な専門家や多職種と協議してください。

まとめ

この研究が示唆しているのは、危機が終末期ケアの難しさを可視化し、医療職の実践に変化をもたらした可能性です。

ただし、知識得点が高いことだけでは、現場の準備が十分とは判断できません。

対話、症状対応、記録、相談、多職種連携を含めて、「チームとして実行できるか」を確認する必要があります。

非常時に生まれた改善を個人の経験で終わらせず、教育、手順、振り返りの仕組みへ変えられるか。

この問いを自分たちの現場へ持ち帰ることが、この研究から得られる最も実務的な学びではないでしょうか。

根拠の整理

【主な根拠】
Edem AO, et al. The impact of COVID-19 on the knowledge, attitudes and practices of end-of-life care and decision making amongst doctors in South African Emergency Departments.
PubMed
DOI

【背景理解のための補助情報】
Sriranganathan N, et al. Palliative care in the emergency department: An observational study of doctors in KwaZulu-Natal.
PMC
DOI

World Health Organization. Palliative care.
WHO

【編集上の注意】
元候補では「運動・身体活動支援」という分類名と評価指標が付されていましたが、原著は運動・身体活動を扱った研究ではありません。本稿では原著の書誌情報と抄録を基準とし、誤分類と考えられる項目は根拠に使用していません。

提供された関連候補4件も、ワクチン忌避、看護師主導介入、過重労働の経済分析、障害労働者の復職支援を扱うものであり、終末期ケアの結果を直接補強できる研究ではありません。そのため、効果や結論の裏付けには使用していません。