膝OAの在宅リハにVRは使えるのか?SPIN-VR実行可能性試験の設計から考える

臨床・専門記事

膝OAの在宅リハにVRは使えるのか?SPIN-VR実行可能性試験の設計から考える

膝OA(変形性膝関節症)のリハビリテーションでは、患者さんが医療機関にいる時間よりも、自宅で過ごす時間のほうが圧倒的に長くなります。

そのため、運動療法を「何を指導するか」だけではなく、「自宅でどう継続してもらうか」は重要なテーマです。

今回取り上げる研究は、膝OA患者を対象として、センサーと非没入型VRを組み合わせた在宅理学療法システム「SPIN-VR」を通常の理学療法と比較する研究です。

ただし、最初に重要な点があります。

この論文は「VRを使えば膝の痛みが改善した」と報告する結果論文ではありません。

2025年にBMJ Openで公開された「randomised feasibility study(無作為化実行可能性試験)」のプロトコル、つまり研究計画を示した論文です。

したがって今回注目したいのは、

「VRは効くのか?」

という結論ではなく、

「在宅運動を継続し、患者ごとに調整し、その経過を把握する仕組みを、実際の理学療法に組み込めるのか?」

という問いです。

研究では何を検証しようとしているのか

この研究では、膝OAのある50名をSPIN-VR群と通常理学療法群へ無作為に割り付ける計画になっています。

SPIN-VRによるプログラムは12週間。

評価はベースラインに加えて、無作為化後12週と24週に実施する設計です。

研究は単施設、非盲検で行われます。

対象となるのは、NICEおよびACRの基準に合致する膝OAの成人で、理学療法へ紹介された人です。

主な適格条件には、

・45歳以上
・臨床的に膝OAと診断されている
・膝OAによる疼痛のため理学療法へ紹介されている
・活動時の関節痛がある
・過去3か月の多くの日で膝痛がある
・直近1週間の平均疼痛が0〜10の数値評価尺度で4以上

などが設定されています。

一方で、運動に対する禁忌がある場合、悪性腫瘍・骨折・炎症性関節炎などによる疼痛、一定条件の手術歴、歩行補助具なしでは歩けない場合などは除外されます。

つまり、「膝OAなら誰にでも当てはまる研究」ではありません。

研究結果を今後読む際にも、この対象条件を確認する必要があります。

SPIN-VRとは何か

ここでいうVRは、ヘッドマウントディスプレイを装着して仮想空間へ入り込むような没入型VRとは異なります。

SPIN-VRでは、身体に慣性計測ユニット(IMU)を装着し、その動きをパソコン上のゲームへ反映させます。

研究プロトコルでは、動作に応じて上肢・下肢へセンサーを配置し、関節角度や動作の一貫性などの情報を利用して運動を進める設計になっています。

取り入れられている運動には、

・重心移動
・前方へのステップ/ランジ
・椅子からの立ち座り
・膝を高く上げるステップ動作

などがあります。

重要なのは、単純に「運動をゲームにした」だけではないことです。

SPIN-VRでは、

1.運動パフォーマンスのモニタリング
2.運動目標の設定
3.運動負荷・課題の進行

という考え方が組み込まれています。

患者の進行状況や運動の質などに応じて、ゲームの難易度を調整する仕組みも設計されています。

研究では、自宅で週3回、12週間運動を行うプログラムが設定されています。

この研究の本当の主役は「疼痛改善」だけではない

論文タイトルには「pain」という言葉が入っています。

そのため、一見すると、

「VRと通常理学療法のどちらが痛みに効くのかを調べる研究」

と考えたくなるかもしれません。

しかし、この研究の中心はそこではありません。

実行可能性試験として重視されているのは、

・予定した人数を募集できるか
・患者が無作為化を受け入れられるか
・12週、24週の評価をどの程度完了できるか
・医療者が計画どおり介入を提供できるか
・患者やスタッフがこの仕組みを受け入れられるか
・有害事象が生じないか
・患者が実際に介入を継続するか

といった項目です。

特に興味深いのが「アドヒアランス」です。

SPIN-VRでは患者がシステムへログインした回数や日時などを利用して、実際の利用状況を確認する設計になっています。

従来の自主トレーニングでは、

「家でも続けてください」

と伝えた後、患者本人の申告以外では実施状況を十分把握できないことがあります。

この研究から考えさせられるのは、

「何を処方したか」

だけではなく、

「実際にどの程度実行されたのか」

まで含めて運動療法を考える必要性です。

評価も「痛みだけ」ではない

研究では、実行可能性に関する評価に加えて、複数の身体機能・疼痛関連指標を測定する計画です。

たとえば、

・筋力、筋持久力
・有酸素能力
・運動動作
・動的バランス
・圧痛閾値などの疼痛感作
・中枢性疼痛処理に関連する指標
・活動量
・薬物使用
・心理的側面
・患者報告アウトカム

などです。

Knee injury and Osteoarthritis Outcome Score(KOOS)を含む患者報告アウトカムも用いられます。

つまり、テクノロジーを使った介入であっても、「ゲームを何回行ったか」だけを見るわけではありません。

患者がどう動いたのか。
痛みをどう感じているのか。
日常生活や身体機能にどう関係しているのか。

複数の視点から評価しようとしている点は、臨床でデジタル技術を利用するときにも参考になります。

現場で考えるべき論点① 「良い運動」より「続けられる運動」

理学療法士は、運動内容や負荷量、フォームなどに目を向けがちです。

もちろん、それらは重要です。

しかし、どれだけ適切に設計された自主トレーニングでも、実施されなければ患者へ届きません。

SPIN-VRが研究対象としているのは、まさにこの部分です。

ゲーム性を持たせる。
実施状況を記録する。
動きをセンサーで捉える。
患者の状態に合わせて難易度を変える。

こうした仕組みが、本当に患者に受け入れられ、継続につながるのかを確認しようとしています。

ここから現場で考えたい問いは、

「この患者さんが続けられない理由は、運動内容そのものなのか?」

ということです。

時間、理解度、環境、楽しさ、自己効力感、痛みへの不安など、継続を妨げる要因は一つではありません。

自主トレーニングを「指導したかどうか」で終わらせず、「実行できる仕組みになっているか」まで考える必要があります。

現場で考えるべき論点② 個別化とは何を変えることなのか

「個別化されたリハビリ」という表現はよく使われます。

しかし、何を個別化しているのかは明確にしておく必要があります。

SPIN-VRでは、

・障害物などの課題設定
・速度
・反復回数
・関節可動域
・二重課題の複雑さ

などを調整できる設計です。

さらに、動作や疼痛に関する情報を利用しながら進行させます。

これは、個別化を単なる「患者ごとに違う運動メニュー」と考えないためのヒントになります。

同じ立ち座り練習でも、

どの程度動くのか。
何回行うのか。
どの速度で行うのか。
どのタイミングで難しくするのか。

まで考えれば、調整できる要素は多くあります。

テクノロジーの価値は、新しい運動を生み出すことだけではなく、こうした調整を支えることにもあるのかもしれません。

現場で考えるべき論点③ データが取れることと、良いリハビリは同じではない

ウェアラブルセンサーを利用すれば、これまで自宅では確認しにくかった運動情報を取得できる可能性があります。

しかし、

「データが取れる」
=
「臨床判断が正しくなる」

とは限りません。

数値だけでは、患者がなぜその動きをしたのかまでは分からないことがあります。

痛みへの恐怖があったのか。
疲労していたのか。
説明を理解できていなかったのか。
別の身体症状があったのか。

その背景を確認するには、患者との対話や医療者による評価が必要です。

今回のSPIN-VRでも、理学療法士との関わりが完全になくなる設計ではありません。

「テクノロジーか、人か」という二者択一ではなく、

「どの部分をデジタル技術で支え、どの部分を専門職が担うのか」

という視点が重要でしょう。

現場で考えるべき論点④ 導入できること自体が研究テーマになる

新しい医療技術を見ると、私たちはつい「効果があるか」に注目します。

しかし、実際の医療現場で使うためには、その前に多くの条件があります。

患者が使えるか。
継続できるか。
医療者が運用できるか。
評価を回収できるか。
安全上の問題はないか。
通常診療の流れへ組み込めるか。

今回の研究が「feasibility study」であることには意味があります。

臨床的な有効性を大規模に比較する前に、

「そもそもこの方法を現実的に運用できるのか」

を検証しているからです。

医療DXやリハビリテーション機器を導入するときにも、同じ視点が必要です。

高性能な技術であることと、現場で持続可能に運用できることは別問題です。

注意点・この研究からまだ言えないこと

今回の論文を読むうえで最も重要なのは、研究段階を誤解しないことです。

第一に、この論文は研究結果ではなくプロトコルです。

したがって、この論文だけを根拠に、

「SPIN-VRで膝OAの疼痛が改善する」
「通常理学療法より優れている」
「VRを導入すれば自主トレーニングの継続率が上がる」

と結論づけることはできません。

第二に、この研究は50名を予定した実行可能性試験であり、臨床的有効性を確定するための検出力を前提とした試験ではありません。

第三に、単施設研究であり、介入の性質上、参加者や研究スタッフを割り付けに対して盲検化できません。

論文自身も、フォローアップデータ収集時に盲検化されていないことを主要な限界として挙げています。

第四に、比較対象となる通常理学療法は、担当理学療法士が判断する助言や運動療法で構成されています。

つまり、通常ケア側の介入内容が完全に統一されているわけではありません。

第五に、対象者にも条件があります。

たとえば45歳以上で一定程度の膝痛を有し、歩行補助具を使用せず歩行できる人などが対象です。

高齢者や重症膝OAを含むあらゆる患者へ、そのまま一般化できる研究設計ではありません。

また、本研究は英国の医療環境で行われています。

日本の医療制度、リハビリテーション提供体制、機器環境へそのまま適用できるかは別途検討する必要があります。

まとめ VRそのものより「在宅リハをどう設計するか」を考える

今回の研究で注目したいのは、「膝OAにVRを使う」という新しさだけではありません。

むしろ、

・自宅で運動を継続できるか
・運動の実施状況を把握できるか
・患者に応じて課題を調整できるか
・安全に運用できるか
・医療者のフォローとどう組み合わせるか

という、在宅リハビリテーションが以前から抱えている課題に対して、デジタル技術をどう組み込もうとしているのかが重要です。

この研究の範囲では、SPIN-VRの臨床的有効性について結論を出すことはできません。

一方で、実行可能性、受容性、アドヒアランス、安全性まで含めて評価する研究設計からは、医療現場へ新しい技術を導入するときの考え方を学ぶことができます。

私たちが考えるべき問いは、

「VRを使うべきか、使わないべきか」

だけではありません。

「患者が自宅でも治療的な運動を続けられる環境を、どう設計するか」

そのためにテクノロジーをどこまで利用し、人がどこを担うのか。

今後の在宅リハビリテーションを考えるうえで、重要な論点になりそうです。

参考文献

Al-Amri M, Bird S, Nistor DT, et al.
Evaluating home-based personalised virtual reality physiotherapy rehabilitation compared with usual care in the treatment of pain for people with knee osteoarthritis: protocol for a randomised feasibility study.
BMJ Open. 2025;15:e102994.
DOI: 10.1136/bmjopen-2025-102994

※本記事は上記研究プロトコルをもとに、医療職の学習を目的として内容を再構成したものです。個別の患者に対する診断、治療方針、運動処方を示すものではありません。