
心不全患者の「遠隔モニタリング」は何を見ているのか
――VR心臓リハビリ研究から考える看護師の役割
心拍数、血圧、酸素飽和度などをリアルタイムで確認しながら、患者がVR空間で運動する。
こうした場面は、少し前まで「未来の医療」に見えたかもしれません。
しかし、心不全患者を対象に、VRを活用した運動、リアルタイムの生体情報モニタリング、運動負荷の自動調整などを組み合わせた心臓リハビリテーション支援機器の研究が進められています。
今回取り上げるのは、心不全患者向けのエクサゲーミングシステム「HEFMOB」の開発とユーザビリティを評価した研究です。
ただし、最初に重要な点を確認しておく必要があります。
この研究は、
「遠隔モニタリングをすれば心不全患者の予後が改善する」
「VRを使えば通常の心臓リハビリより優れている」
と証明した研究ではありません。
中心となるのは、心不全患者向けに開発されたシステムがどのような構造を持ち、実際の患者が使用したときに、使いやすさや受け入れやすさにどのような特徴があったかという評価です。
だからこそ、この研究は看護師にとって興味深い問いを投げかけています。
デジタル機器が患者の状態を測定するようになったとき、看護師は何を見るのでしょうか。
1.この研究で実際に評価されたもの
主役となる研究では、心不全患者の運動療法を支援する試作システム「HEFMOB」が開発されました。
システムには、主に次のような要素が組み込まれています。
・ペダリングによるVRサイクリング
・上肢を動かすミニゲーム
・心拍数のモニタリング
・血圧のモニタリング
・SpO2のモニタリング
・設定された目標に応じた運動負荷の調整
・アバターによる運動の案内
・心不全や健康行動に関する情報提供
・医療者がデータを確認するための管理画面
開発には、医師だけではなく、看護師、理学療法士、スポーツ科学研究者、エンジニアなどが関わっています。
ユーザビリティ評価には、安定した状態にある心不全患者10名が参加し、単回のセッションが評価されました。
平均年齢は64.8歳で、全員がセッションを完了しました。ユーザビリティの指標であるSUSは平均71.5点でした。
一方で、ここで最も注意したいのは、この研究が単回使用を中心とした少人数のユーザビリティ研究だということです。
長期間継続した場合の利用状況、再入院、運動耐容能、生活の質、予後などへの効果を、この研究だけから判断することはできません。
2.「遠隔で測れる」と「安全に任せられる」は同じではない
リアルタイムで心拍数や血圧、SpO2を確認できることは、デジタル技術の大きな特徴です。
しかし、数値を取得できることと、患者の状態を十分に評価できることは同じではありません。
看護師の観察では、モニター上の情報だけでなく、
「いつもより返答が遅くないか」
「呼吸の仕方が変化していないか」
「顔色や表情に変化はないか」
「本人が無理をして続けようとしていないか」
「めまい、息苦しさ、胸部症状、疲労感などを適切に伝えられているか」
といった情報を組み合わせて患者を捉えます。
ここで大切なのは、デジタル機器と看護師を対立させることではありません。
むしろ、デジタル技術によって取得できる情報が増えるほど、
「どのデータを見るのか」
「患者の訴えと数値が一致しないときにどう考えるのか」
「誰が変化を確認し、誰に報告するのか」
という運用設計が重要になります。
遠隔モニタリングは、観察をなくす技術ではなく、観察情報の一部を増やす技術として考える必要があるのではないでしょうか。
3.操作の「混乱」も、重要な観察情報になる
今回の研究では、ゲーム利用中に記録された136件のイベントのうち、76件が否定的な反応として分類され、その多くには混乱が含まれていました。
これは、システムが使えなかったという単純な意味ではありません。
研究全体ではユーザビリティや楽しさに肯定的な評価も得られています。
一方で、看護師の視点から見ると、この「混乱」は重要です。
例えば、
・説明内容を理解できているか
・VR機器そのものに不安がないか
・操作と運動を同時に行う負担は大きくないか
・説明方法が患者の理解速度に合っているか
・視覚、聴覚、認知面の特性が操作に影響していないか
といった確認につながります。
新しい技術では、機械が正常に動作しているだけでは十分ではありません。
患者が「分からないけれど言えないまま続けている」という状態を見逃さないことも、安全管理の一部です。
看護師は、患者の操作能力を採点するのではなく、患者とシステムの間にどのような負担やズレが起きているかを見る役割を持つと考えられます。
4.患者教育を「表示した」で終わらせない
HEFMOBには、アバターによる案内や、心不全に関連する情報、健康的な生活行動に関する情報提供も組み込まれています。
ここでも、看護師にとって重要な論点があります。
情報を表示したことと、患者が理解し、生活の中で使える知識になったことは同じではありません。
患者教育では、
「何を覚えましたか」
と確認するだけではなく、
「この内容を自宅でどう活用できそうですか」
「実際に難しそうなことはありますか」
「ご家族と共有した方がよいことはありますか」
「不安に感じた内容はありませんでしたか」
という対話が必要になる場面があります。
デジタル教材やアバターは、情報提供を補助できる可能性があります。
しかし、患者の生活背景、理解度、家族関係、セルフケア上の困りごとまで自動的に理解してくれるわけではありません。
患者教育の一部を技術が担うようになったとしても、理解を確認し、患者の生活に結びつける看護の役割は残ります。
5.家族への説明も導入設計の一部になる
心不全患者の療養では、患者本人だけでなく家族が体調変化や日常生活を支える場面もあります。
新しいデジタル機器を使用するとき、家族が技術に対して不安を感じる可能性もあります。
「機械が全部見てくれるのか」
「何かあれば自動的に医療者へ伝わるのか」
「自宅でも同じように管理できるのか」
こうした誤解が生まれないようにすることも重要です。
特に今回の研究は、家庭で完全に自律運用される遠隔医療システムの有効性を検証したものではありません。
医療者が管理画面を通じて生体情報を確認できる仕組みを持った、心臓リハビリテーション支援機器の開発・ユーザビリティ研究です。
「遠隔モニタリング」という言葉だけが独り歩きすると、研究の対象範囲を超えて解釈される可能性があります。
患者にも家族にも、
何が測定されるのか。
誰が見るのか。
いつ確認されるのか。
異常時にはどう対応するのか。
機器が代替できないものは何か。
これらを説明できる運用設計が必要です。
6.デジタル心リハは「機器導入」ではなく「チーム設計」の問題
この研究の特徴の一つは、開発に複数の専門職が参加していることです。
医師、看護師、理学療法士、スポーツ科学の専門家、エンジニアなどがシステム開発に関わっています。
実際の臨床導入でも、重要なのは機器を購入することだけではありません。
例えば、
・運動開始前の確認を誰が行うのか
・モニタリングデータを誰が見るのか
・患者の症状変化を誰に報告するのか
・中止や相談につながる条件をどう共有するのか
・患者教育を誰が補足するのか
・家族からの質問に誰が対応するのか
・記録をどこに残すのか
といった運用上の役割分担が必要です。
関連する補助情報として、心臓手術後の在宅ケアと心臓リハビリテーションを扱った論考では、多職種テレヘルスの可能性とともに、人的資源、資金、制度、インフラなどの実装上の課題が論じられています。
この補助情報はHEFMOBの効果を証明するものではありません。
ただし、デジタル技術は単独で成立するのではなく、支える人員と制度を含めて設計する必要がある、という背景を考える材料になります。
現場で考えるべき論点
デジタル心臓リハビリテーションや遠隔モニタリングを考えるとき、看護師として次の問いを持つことが重要です。
1.数値以外に、看護師が継続して観察すべき情報は何か。
2.患者は機器の使用方法を本当に理解しているか。それとも、理解したように振る舞っていないか。
3.患者が症状を伝えられない、または無理をして継続する場合をどう把握するか。
4.モニタリングデータの確認者、確認頻度、報告経路は明確になっているか。
5.患者教育をデジタル機器に任せきりにせず、理解と生活への適用を誰が確認するか。
6.家族に対して、機器ができることと、できないことを説明できているか。
7.異常値だけではなく、患者の不安、混乱、操作上のつまずきをチームで共有できる仕組みがあるか。
注意点・限界
今回の主研究を読む際には、次の点に注意が必要です。
第一に、対象者は10名と少人数です。
第二に、安定した状態の心不全患者による単回セッションを中心とした評価であり、長期間の継続使用を評価したものではありません。
第三に、主な目的は試作機の開発とユーザビリティ評価です。再入院率、予後、長期的な運動能力、生活の質などへの効果を、この研究だけから結論づけることはできません。
第四に、研究環境での評価結果を、そのまま異なる施設、在宅環境、すべての心不全患者へ一般化することはできません。
また、本記事は研究内容をもとに、看護師が考えるべき実務上の論点を整理したものであり、個別患者の診断、治療、運動処方、医療判断を示すものではありません。
具体的な運動実施や中止判断は、患者の病状と各施設の基準、医師を含む医療チームの判断に基づいて行う必要があります。
まとめ
心不全患者のデジタル心臓リハビリテーションを考えるとき、注目すべきなのはVRという新しさだけではありません。
今回の研究から見えてくるのは、
「測定できるデータが増えたとき、看護師は何を見るのか」
という問いです。
心拍数、血圧、SpO2などの数値。
患者の表情や訴え。
操作への戸惑い。
病気への理解。
継続への不安。
家族の疑問。
そして、異なる専門職の間で情報がどう引き継がれるのか。
技術が高度になるほど、看護師の役割が単純に減るとは限りません。
むしろ、機械が集めた情報と、患者が示す言葉にならない情報を結びつける役割が、さらに重要になる可能性があります。
遠隔で「測れる」時代だからこそ、
私たちは患者の何を「見る」のか。
デジタル心リハを考えるとき、看護師にとって最も重要なのは、機器の新しさではなく、その問いなのかもしれません。
根拠の位置づけ
本記事の主な根拠は、心不全患者向けエクサゲーミングシステムHEFMOBの開発とユーザビリティ評価を扱った研究です。
関連候補のうち、心臓手術後の在宅ケア・心臓リハビリテーションに関する情報は、多職種テレヘルスと実装上の課題を考えるための補助情報としてのみ使用しました。
栄養・サルコペニア領域の関連候補は、今回の主題との距離があるため、記事の根拠として使用していません。
主研究:
Blasco-Peris C, et al.
Exergaming System for Exercise-Based Cardiac Rehabilitation in Patients With Heart Failure: Development and Usability Assessment Study of a Device Prototype.
JMIR Serious Games. 2025;13:e71385.
補助情報:
Kumari V, et al.
Home health care and cardiac rehabilitation following major cardiac surgeries in Pakistan.
Ann Med Surg (Lond). 2023;85(7):3748-3749.

